角田夏実が保健体育の教員免許を保有する理由は?「東京学芸大」が生んだ金メダルまでの経緯

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金メダルを首に下げ、笑顔の角田夏実
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7月27日に日本勢初の金メダルを獲得した女子柔道48kgの「角田夏実」選手が話題です。

角田選手の経歴は高学歴で教員免許を取得されている背景があり、今回の「金メダル」と繋がっている模様です。

今回は「角田選手の教員免許」と「金メダル」までのつながりに関する内容をお届けいたします。

  • 角田夏実選手のプロフィール
  • 角田夏実選手の教員免許までの奇跡(柔道を辞めたかった)
  • 教員になるつもりだったが、怪我をした
  • 「柔道が好きなんだ」

それでは本記事をお楽しみください。

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目次

角田夏実選手は保健体育の教員免許を保有

パリ五輪の柔道女子で日本勢初の金メダルを獲得した角田夏実選手。

笑顔にのぞく八重歯がかわいくて「広末涼子に似ている!」と話題ですが、そんな「角田選手が教員免許」を持っていると気になります。

金メダルと獲得するまでの間にどのような経歴をたどってきたのか、気になりますよね。

まずは「角田選手」のプロフィールを見てみることにしましょう。

プロフィール

  • 本名:角田夏実(つのだなつみ)
  • 誕生日:1992年8月6日
  • 年齢:31歳(2024年7月28日現在)
  • 出身地:千葉県八千代市
  • 身長:161cm
  • 体重:48kg(52kgの階級でしたが、変更)
  • 中学:八千代市立勝田台中学校
  • 出身高校:県立八千代高等学校(偏差値67)
  • 出身大学:東京学芸大学
  • 階級:女子柔道48㎏級
  • 所属:SBC湘南美容クリニック

小学校2年の時に父の影響で「柔道整復の専門学校で柔道部」で柔道を習い始めたそうです。

ご家族の写真はこちらです。

実は幼少期「水泳」も習っており、筋肉がついたと感じたそうです。

角田さんの得意技は「巴投」と「寝技」のスペシャリスト。

世界選手権は、3連覇(2021年、2022年、2023年)した48kgの絶対王者です。

実は以前は東京五輪の金メダリストの阿部詩選手と同じ52kgでした、対戦後のインタビューでこのように評価される国内屈指の実力者です。

東京五輪52kg級金メダリストの阿部詩はパリ五輪直前の囲み取材(2022年6月26日)でかつて戦った角田の印象を問われ

「不気味だった。誰にも感じたことのない感覚を抱いた」

「テリトリーに入ったら遊ばれる」

「蛇や軟体動物のよう。自分がやるべきことをやっても勝てない。どうしたら勝てるのかがわからなかった」「(対戦は)本当に嫌だった」

と答えている。

出典:https://lite.ejudo.info/players/9930/

角田選手は寝技が得意と有名です、そんな柔道の実力者にも関わらず、なぜ教員免許を取得されているのでしょうか。

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なぜ教員免許を取得?

パリオリンピックで女子柔道48kg級で見事金メダルを獲得した「角田夏実」さん。

なぜ教員免許を取得したのでしょうか、この説明をするには「角田夏実」と「柔道」との関わりを知る必要がありました。

経緯①:スランプに陥った→「柔道以外の道」を考えた

角田選手の柔道人生は、順風満帆とは言えず、高校生の時に「スランプに陥ってなかなか勝てなかった頃があり、柔道に悩まれていたそうです。

八千代高校は現役大学生と練習ができるような環境だったそうです。

そのため、柔道を続けるモチベーションが下がり、「柔道人生に悩むこと」になります。

高校3年生の時に、全国高校総体(インターハイ)で優勝を期待されながら5位に終わったそうです。

「泣き虫なっちゃん」と呼ばれ、「柔道を辞めよう」と考えていたそうです。

あまりにもハードすぎて、「合宿のある夏休みや冬休みなんてなくなれば良いのに」と考えるほどでした。それでも、負けたくないという気持ちは常に持ち続けていたので、がむしゃらに練習に取り組んでいたと思います。

出典:柔道チャンネル

(出身の県立八千代高校は「柔道の名門」で、パリ五輪の内定が決まった際には、母校で走行会に出席したそうですね!)

その当時、角田選手は柔道を辞めて「製菓の専門学校に入りケーキ屋さんになろう」と思ったこともあるそうです。

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経緯②:大学進学→「東京学芸大」の柔道部から声かかる

将来について真剣に悩んでいた時に、両親から「柔道など何か目的がないのなら大学へいく必要はない、どうしても行きたいのなら名門大学のみ!と言われたそうです。

しかし、角田選手の悩みは、「大学で柔道をしたくはない」し、「名門大学に入るために受験勉強をはじめるには少し遅い」と、両親と意見が合わず何度もぶつかった

そんな時に、角田選手に声をかけたのは「東京学芸大学」の柔道部の監督・射手矢岬
先生(
早稲田大学教授)だそうです。

理由は、「柔道部の強化を始めたばかりだったので、角田選手に入ってもらいたいと切実な思いを伝えたそうです。

実は他の大学からも声がかかっていたそうですが、「柔道をしたくないという理由から断っていた」そうです。

本当に柔道から離れたかったのですね、相当悩まれたのですね。

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経緯③「東京学芸大」の柔道部で再び「柔道」が好きになる

しかし、角田さんは「東京学芸大」に進学することを決意しました。(推薦入試)

「東京学芸大」は教育に特化した大学で、「東京都小金井市にある」国立大学(偏差値51~66)の難関大。

そんな難関大に挑む理由は3つありました。

  1. 東京学芸大学は国立大学だから「柔道を続けながら勉強ができる」と思った→「文武両道」
  2. 「教員免許を取得しようと思っていた」ので、教育に特化している東京学芸大学はピッタリだと思った
  3. 「名門大学じゃないとダメ」と言っていた両親を説得しやすい大学

入学後は、東京学芸大学の柔道部に入部され、自主性を重んじる雰囲気が角田選手に合ったようです。

勉強の合間に柔道をしている部員もいたそうで、部員が柔道が好きで楽しんでいる姿を見て、角田選手の柔道に対するネガティブな気持ちも除々に変化していったそうです。

角田選手の得意技の寝技は「東京学芸大の柔道部の環境が生んだ」ようです。

練習も少なく休みも結構あったので、大学のOBに混ざって柔術にも参加。私の得意な寝技はこの柔術が深く影響していると思います。

出典:柔道チャンネル

高校時代の恩師は「なつ(角田選手)の柔道が好きという思いが巡り合わせを呼んで、今がある」と語っています。

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経緯④:教員免許を取得も「柔道の道へ」~柔道が好きと気づく~

そんな大学生活を柔道とともに過ごす中、角田選手は、有言実行で「文武両道」を実現。

見事、教員免許「保健体育 (中学・高校)」を取得されます。

体育会系ですから、「保健体育」の免許は納得ですよね!

ほけん‐たいいく【保健体育】

中学校・高等学校の教科の一。運動実技を行うとともに心身の発達過程や保健・衛生の知識を学び、健康な生活を営む態度や能力を養うことを目的とする。

出典:コトバンク

実は、卒業時、射手矢峰先生は、柔道部の監督もされ、さらには「卒業論文の指導教官」もされていたそうです。

卒論のテーマは「スポーツ選手のルーティンワーク」をテーマに調査をし、何百人にアンケートなどをとり、「ルーティン」は「不安を打ち消すため」にやっているに過ぎないということを報告したそうです。

そのため、角田さんは「たくさんの練習量で不安を払拭すれば良い」と考えるようになったそうです。

角田さんはたくさんの練習の後、得意技を磨き「寝技」と「巴投げ」を武器に、パリ五輪の決勝では「巴投げ」で勝利し、「金メダル」を獲得されました。

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経緯⑤:怪我で「教員採用を受けれず」、「柔道が好き」と気がつく!

大学4年時に全日本柔道選手権で膝の怪我から初戦敗退となり、「強化選手を外れ」、「了徳寺学園の職員の採用」を受けれなく、危機感を抱いたそうです。

大学4年生のときに膝が痛くなり始め、そのまま講道館杯全日本柔道体重別選手権大会(以下、講道館杯)に出場しましたが、膝の影響もあり、結果は初戦敗退。この結果、強化選手から外れてしまいました。了徳寺学園は、強化選手からしか職員を採用しないため、あのときの危機感は、今でも良く覚えています。

出典:柔道チャンネル

原因の膝は手術をし、2015年は1年間トレーニングだけに専念し、「次の職を考えれば良い」と考えていたそうです。

本当に教員になるつもりでいた中での、怪我だったのですね、今回の金メダル獲得の裏側の秘話ですよね。。。

そして、その時に柔道人生が追い込まれ、「柔道を辞めたかった自分から柔道を取ったら何が残るのか?」と奮起し、さらには「柔道が好き」なんだと気がついたようです。

必死な思いでリハビリし、練習した結果、2016年の講道館杯を優勝しました。

そして、2018年の全日本選抜柔道体重別選手権では、完全に気持ちも吹っ切ることができていたので優勝し、2021年から3年間世界チャンピオンに君臨し、パリ五輪の金メダリストになりました。

現在は、SBC湘南美容クリニックに所属しています。

今後の角田夏実選手の今後の活躍が楽しみですね!

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まとめ

今回は金メダルを獲得した「角田夏実」選手がなぜ「教員免許」を取得している理由について内容をお届けいたしました。

金メダルをとるまでに、柔道に思う悩み、「柔道は好きなんだ」と気が付かせたのも教員免許でした。

遅咲きながらも柔道で「金メダル」を獲得できたことは国民を感動を与えました。

今後も活躍してほしいですね!

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